更新日:2024年7月7日
6月29日(土)「西部警察」「あぶない刑事」の村川透監督とツーショット!
本日は山形南高東京同窓会で昨年に続き村川透監督(20年先輩)と再会してきました。
私が野球部の捕手として、母校16年ぶり4度目の夏の甲子園に出場したのが丁度50年前、
野球も大好きな村川先輩は、私が当時の際どい試合内容を話すと大盛り上がりでした。
(1)羽黒工業戦は8回まで7対9と2点ビハインドの9回、3番の私と4番が連続出塁で
無死1、2塁。5番の初球に出たサインが、なんと「ヒットエンドラン」で3塁打!
瞬く間に同点となり、土壇場での大逆転劇となりました。
(2)(前年夏の甲子園で8イニング14奪三振を記録した本格派左腕・奥山投手を擁する)
仙台育英と東北地区予選で対戦、春には5回コールド負けを喫したダントツの優勝候補!
4回表1死で3番(左打ち)の私がバットを(1握り半)短く持って詰まりながら中前打、
直後に相手バッテリーの意表を突き2盗に成功し、この回に虎の子の先取点を奪いました。
結局、我々は僅か3安打でしたが、エースが育英を4安打完封し、1対0と奇跡の勝利でした。
(3)代表決定戦の(名門・東北高校を破った)山形東高は市長杯で1対19と大敗した相手。
しかし、雨天で2日間順延されたことで、勝って当たり前の東高は気持ちが空回りして
実力が出せなかったのに対して、負けて元々の我々は初回から無死1,2塁で3番の私に
「お家芸」のヒットエンドランを掛けるなど、実力を充分に発揮して4対1で勝ちました。
試合後のNHKインタビューでは、
アナウンサー「野川君が甲子園に行けると思ったのは、いつですか?」
野川「はい、試合が終わるまでは思いませんでした!」と、無欲の勝利を印象付けました。
写真は、同窓会でのツーショット、「村川監督&館ひろし様&柴田恭平様」、
(村川監督がくださった、石原プロモーション・ロゴ入り)西部警察ロケ用ジャンパー。